加藤智大の生い立ちが壮絶!母から異常なスパルタで弟の人生も波瀾万丈だった?

東京の秋葉原で2008年6月に7人が死亡、10人が重軽傷を負った無差別殺傷事件で、死刑が確定した加藤智大死刑囚(39歳)の刑が2022年7月26日午前に執行されました。

今回は加藤智大死刑囚の生い立ちや家族についてご紹介致します。

目次

秋葉原通り魔事件

秋葉原無差別殺傷、加藤智大死刑囚の死刑執行: 日本経済新聞

加藤智大死刑囚は今でも「秋葉原通り魔事件」として、多くの人の記憶に残る残虐な事件を起こした犯人です。

2008年6月8日、日曜日で大勢の人が行き交う秋葉原の歩行者天国に2tトラックで突っ込み、人をはねました。

その後にタクシーと衝突して停止するとトラックを降り、何の躊躇もなくに素早く歩行者を次々とダガーナイフで刺し、斬りつけました。

結果として7名を殺害しに10人重軽傷を負わせました。

死刑が確定し、死刑囚として東京拘置所に収監されておりましたが、2022年7月26日午前に刑が執行されました。

加藤智大の生い立ちが壮絶!

秋葉原無差別殺傷事件、加藤智大死刑囚の刑執行…17人が死傷 : 読売新聞オンライン

逮捕後、加藤智大死刑囚は、「生活に疲れた」「誰でもいいから殺したかった」「殺すために秋葉原に来た」と供述していました。

どうしてそのような異常な心理に至ったのでしょうか?

まずは壮絶な生い立ちをご紹介致します。

加藤智大の生い立ち

秋葉原事件・加藤智大の父「10年という節目の数字に意味ない」|NEWSポストセブン

加藤智大死刑囚は1982年9月28に青森県五所川原市にて生まれました。

1998年4月には、 偏差値71の非常に難関校である、青森県立青森高等学校に入学。

しかし、高校で落ちこぼれになり、望んでいた北海道大学への進学を断念。

中日本自動車短期大学自動車工学科に入学しました。

しかしここでも、学業に意欲を持てず成績は低迷し、自動車整備士の資格は取得できませんでした。

2003年3月に中日本自動車短期大学自動車工学科を卒業し、社会人となりました。

社会人になってからは、警備会社→運送会社→派遣会社と仕事を転々としてます。

毎回人間関係で上手くいかず仕事を離れておりました。

一人暮らしをし、一時青森に帰るも、再び一人暮らしを始め、事件を起こしました。

社会人になってから、人間関係が上手くいかなくなり、「自殺」という言葉を口にするようになった加藤智大死刑囚。

ネット掲示板に深入りするようになりましたが、そこでも上手くいかず「無差別殺人」という言葉を口にするようになりました。

    加藤智大の母から異常なスパルタ

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    「その異常性は母親によって培われた?」と言われております。

    加藤智大死刑囚は幼少期から母親に非常に厳しく育てられておりました。

    地域の教育アドバイザーもしていた母親の教育に対する熱心さがエスカレートして完璧を求めるあまり虐待に及んでいた?とも言わております。

    • 雪で靴を濡らしたという理由で、青森の極寒の冬の中、裸足で雪面に立たせ続けた
    • 九九が覚えられないと、お風呂に連れて行き、水の中に頭を沈めた
    • 泣くことも許されず、泣くとタオルを口に詰め込み、ガムテープで巻かれ、屋根裏に放り込まれた
    • 食べるのが遅いと、新聞を敷いた廊下に出され、そこにご飯を撒かれ、食べるよう言われた

    想像するだけで、涙が出ますよね。

    辛い記憶として加藤智大死刑囚の心には残り続けることになります。

    教育もすさまじいものでした。

    • 小学校の頃から水泳や珠算、学習塾に通われ、1週間にはみっちりと習い事が入っていた
    • 友達の家に遊びに行くことや、友達を家に呼ぶことも固く禁じられていた
    • テレビを見ることや、漫画を買うことも読むことも許されなかった
    • 作文、絵画など学校の課題は母親の検閲が入る

    この様な母親の英才教育によって、加藤智大死刑囚は良い高校に入学することができました。

    しかし、高校では落ちこぼれになり、劣等感に苛まれるようになりストレスが溜まっていったようです。

    体格、精神ともに成長するとともに虐待をする母親にも暴力で返すようになりました。

    学校でもキレて教室の窓を素手で叩き割るなど問題行動を起こしていたようです。

    高校入学当時は北海道大学工学部への進学を志望していましたが、3年に進級した時点で同大学を諦めて岐阜県の中日本自動車短期大学へ志望校を変更しました。

    加藤智大の弟の人生も波瀾万丈だった?

    兄弟(海への足取り) by こはるびより (ID:3087181) - 写真共有サイト:PHOTOHITO

    加藤智大死刑囚には弟の加藤優次さんがいましたが、自殺する道を選び、この世を去りました。

    加藤優次さんは「兄のようになりたくない」と自ら命を絶つことで人生を終える道を選択しましたとのことです。

    そして、加藤智大死刑囚と同じく、弟の加藤優次さんもまた母から過剰なスパルタ教育受けてきたということです。

    加藤優次さんは5年間引きこもるなど兄よりも引っ込み思案な性格だったようです。

    そして、兄が事件を起こしてからの人生は波乱万丈というか、最悪でした。

    弟ということで、職を失いました。

    また、住む所も転々とし、やっと就いた職場にもマスコミに寄られ、職さえも転々としなければならなかったようです。

    ある時から心を開いて話ができる女性と出会い交際が始まりますが、いざ「結婚」という話が出たとたんに女性の親から猛反対されました。

    彼女も悩んでイライラしたりすることが増え、ある時、彼女の口から決定的な発言がありました。

    「一家揃って異常なんだよ、あなたの家族は」

    この言葉を聞いてから「もう他人と深くかかわるのはやめよう」と決意したそうです。

    まとめ

    今回は加藤智大死刑囚の生い立ちや家族についてご紹介致しましたが、いかがでしたでしょうか。

    この度、死刑は執行されましたが、どんな意味があるのかもう一度考える必要もありそうですね。

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