03

おじい,おばあとの『唄の旅』

  • 探し歩く
  • 混ざる
  • 石垣島には、祭事の唄やわらべ唄、豊穣大漁祈願など、地域に根づくさまざまな唄が受け継がれている。この唄を、島の自然や日々の生活の中で聴き、アーカイブしたい。この度のデザインは、そんな想いからはじまりました。
    幅広い地域、年齢層が奏でる唄を集める旅を通じて、どんな素敵な唄と出会えるのでしょうか。

    この旅の旅デザイナー:桑原商店 to+

    現代美術を活用した地域づくりに10年以上携わる中で、行政の観光交流課に出向し、多くの着地型観光ツアーの実施、近隣アジア諸国からのインバウンド旅行の計画、旅行会社への営業や提携なども行う。現在は、美術やデザインに関わる事業のマネジメントやオルタナティブスペースのキュレーションなどを手がけている。

    島の魅力を再発見する旅のプラン

    DAY 01:
    石垣空港着 – 昼食 – 戸眞伊亀吉さんの民謡収録 – 環境音(海の音)を収録 – 慶田花定三さんの民謡を収録
    DAY 02:
    環境音(雨の音・川平湾・市場など)を収録 – 昼食 – 大底吟子さん、大底朝枝さんの民謡収録 – 知念清吉さん、下地安子さん、安村順子さんのゆんたなど収録 – 環境音(サトウキビ畑、田んぼなど)を収録 – 黒島英里さん、島仲まりさん、砂川綾乃さんの三線、笛などを用いた民謡を収録
    DAY 03:
    成底透勝さんの民謡を収録 – 環境音(白保集落、波打ち際)を収録 – 昼食 – 嘉良賢治さんの民謡を収録 – 環境音(玉取崎展望台、さとうきび畑など) – やしの実保育園で民謡や童歌を収録 – 宮良集落の子どもたちの童歌を収録 - 「さんしんの日」サンシン大合奏会を収録
    DAY 04:
    竹富島(環境音を収録) – 石垣空港 発

    DAY01

    到着早々、島の唄に酔いしれる

    事前に石垣島の古典民謡を聴いたり調べたりはしたが、実際に初めて会う人に唄ってもらえるのだろうか…という、一抹の不安を抱えながら曇り空の石垣空港へ降り立ち、予約していたレンタカーを借りて石垣市街へ向かう。
    誰に会い、唄っていただくかはおおよそ決まっているのだが、詳しい時間に関しては未定なものが多く、取材しながら調整することになっていた。心配なことも多いが、このおおらかなところが、石垣の良いところでもある。なるようになる気がしてきたので、流れに任せようという気分になってきた。
    昼食に初めてのソーキそばを味わった後、戸眞伊亀吉さんの昔話と「八重山民謡」を聞きに行く。

    戸眞伊亀吉さんの昔話と「八重山古典民謡」

    たくさんの南国の植物が植えられている庭を抜けると、亀吉さんと奥様が出迎えてくれた。80歳を超えるお年だが、身振り手振りを交えて、はっきりと嬉しそうに話しをしてくださった。
    亀吉さんは60歳を過ぎてからもマラソンや短距離走などで、数々の記録を残していることからもわかるように、体力には自信があったそう。その力が大きな声量を出せることに繋がり、三線の秀でた能力と合わせて、今でも師範として精力的に活動をしている。

    ここで亀吉さんの略歴を。
    子どもの頃は西表島で過ごしていた。当時、「男が三線を引くのは怠け者だ」と言われたこともあるが、持ち前の音感を活かし、我流で三線の勉強を進めた。その努力の甲斐もあり、22歳頃に石垣島に移住した時には、亀吉さんの声量や三線の魅力は評判となり、その後、本格的に唄を突き詰めていくことになる。
    亀吉さんが少しはにかみながら、奥様が踊りが上手だということを話していた。踊り手のことも考えて演奏する亀吉さんの唄は、踊り手も踊りやすいと評判なようだ。
    そんな話しを聞きながら、まずは1曲目、最初に亀吉さんが覚えたという「でんさ節」を披露いただいた。

    ♪「でんさ節」




    (歌詞)
    一、 島持つぃどぅ家持つぃ 舟乗りどぅゆぬむぬでん
       舟頭舟子親子揃にばならなぬ「デンサ」
    二、 親子かいしゃー子から 兄弟かいしゃー弟から
       きない持つぃかいしゃー嫁の子から「デンサ」
    三、 人ぬ大胴やかなさねぬ 肝心どぅかなさーる
       肝心良持つぁばどぅ世間や渡らり「デンサ」



    (意訳)
    一、 島を治めるのと船を操作するのは同じこと
       船頭、船員のみんなの心が揃わないと目的地に辿りつかない
    二、 子どもは親を大切にすること 兄弟仲良くするには、弟の力が必要
       家庭円満は、お嫁さんの力が重要だよ
    三、 人間は健康と心が大切。立派な心持ちがあれば、世の中うまくいく。

    この唄は、「伝え、教える」という生き方の教訓が唄われている。このような唄を教訓歌というらしい。確かに直接言われるよりは、日頃から唄で聴いていたほうが心に残るし、角が立たない。先祖からの大切な教えと知恵だなと思う。

    三線自体を間近で見るのは初めてだったので、三線の種類、音程や弾き方、「工工四(くんくんしー)」という独特の記譜法(音符や記号が記載されている楽譜)の意味なども率直に尋ねてみる。亀吉さんは一つずつ実例を踏まえて笑顔で答えてくれる。
    例えば、弦を鳴らすとき、上からか弾くのか下から弾くのか、弾き方が決められている。60年以上使用している黒牛の角のバチと三線も触らせてもらうことができた。三線は思っていたよりも軽やかだった。

    船浮村には、色白の美人が多いということも亀吉さんは教えてくれた。そんな流れから、民謡「殿様節」を聴くことに。(注:「殿様節」は音源がありません。ご了承ください。)

    ♪「殿様節」(とのさまぶし)

    一、 浮世に名取たる恋ぬ氏神 祖納ぬ殿様我んどぅやゆる
       かまどーまぬ事思いどぅ 船浮に行くよば
    二、 かまどーま 思いぬ 殿様抱ぎ欲しゃぬ 立ちんびちんぶらるぬヤゥ
       いらよまーぬヤゥ 立ちんびちんぶらるぬヤゥ
    三、 前崎先から殿様舟ぬとぅん出だらヤゥ
       船浮かまどーま 焼酎呑まんでぃしっちゃうっちゃらヤゥ

    殿様が、船浮村のカマドマという絶世の美人に恋い焦がれる唄。カマドマのことが大好きだという気持ちがリアルに唄われているみたい。

    次に「船浮節」を聴く。船を岸へ上げるときに唄う唄は声量が必要だったこと、戦時中の唄、沖縄民謡と八重山民謡との違いなどを実際にいろいろ唄いながら教えてくれる。

    ♪「船浮節」

    「さすがに、以前のような声量は出ない」とおっしゃっていたが、それぞれの唄に込められていた想いを生き生きと楽しそうにお話しいただきながら、2時間を超える取材で、10曲程度の唄を披露いただいた。


    ♪ゆがふ節


    ♪高那節

    昔の三線の試験では、「工工四(くんくんしー)」を見ないことはもちろんのこと、課題曲もわからない中での試験だったとのこと。だからこそ、たくさんの曲が頭に入っているんだと思う。
    先人達が唄に込めた想い、それを歌い続けて後生にきちんと伝えていくこと、唄として伝えていくからこそ、成せることではないだろうか。
    最初に亀吉さんにお会いして、たくさんのお話しを伺えたことで理解が深まり、この後の収録がスムーズに運ぶこととなった。亀吉さん、ありがとうございました。

    慶田花定三さんの「八重山古典民謡」

    夕方、定三さんのご自宅の縁側で唄を収録。子どもたちが路地で遊ぶ声、鳥のさえずりや木々が風に揺れる音も合わさり、定三さんの豊かな声量が夕空へ響き渡る、心に響く唄の時。
    定三さんは民謡のCDを出していたり、数々の民謡コンクールで優勝もしている実力の持ち主。小学校の時、放課後にクラス全員で三線を習っていて、正月などで唄を披露すると親戚の方々から褒められて、それに気をよくしてずっと続けていると笑いながら話していただく。

    まずは特別な歌詞の「でんさ節」を披露いただく。

    ♪でんさ節


    次に、定三さんの住んでいる当時の宮良村が舞台の「赤馬節」を披露いただく。祝宴や演奏会の幕開けにみんなで一緒に唄う、祝儀唄である。

    ♪赤馬節

    唄がつくられた背景の300年前の民話について、定三さんはこう教えてくれた。「飼い主の元では大人しくて賢い立派な赤い毛並みの名馬がいた。その噂を聞きつけた琉球王府は、飼い主に献上を申しつけた。しかし、琉球王府に連れてこられた後は、暴れ馬になってしまう。結局、飼い主がいないとダメということで石垣島に戻されたが、今度は薩摩から献上の話しが来て、薩摩に向かう途中に船が転覆してしまう」。
    一見、悲しい物語に感じるが、殿様に献上するということが、大変名誉なことであるという意味が込められた唄なので、おめでたい唄として唄い継がれているようだ。

    「気分が良くなる曲は?」と、リクエストさせていただいたところ、様々な生活の場で広く唄われているという「とぅばらーま」を唄っていただいた。(ちなみに、定三さんも後述する「とぅばらーま大会」の優勝者だ。)
    とても伸びやかで情熱的な声量で、身震いがする。定三さんは、観月会でも外で唄うことがあると話していた。月夜にお酒を酌み交わしながら聴いてみたいと思った。

    ♪とぅばらーま



    一、 昔ぬ人や 暮らしゆ歌にかけ「ツィンダサヤゥツィンダーサー」
       島ぬ宝で今に残しょうりイラ「マクツゥニツィンダーサー」
       「ンゾーシヌ今に残しょうり」
    二、 あらた島歌 たんでぃ磨きつぃけ 我がけーら肝ゆすらし給り
       「ンゾーシヌ肝ゆすらし給り」
    三、 歌心数いずぅふどぅに思いん情ん増しゅるさだみ
       「ンゾーシヌ増しゅるさだみ」

    最後に「六調」(ろくちょう) を聴かせてもらった。

    ♪六調


    宮良独特のとても賑やかでテンポが速い元気な唄。お祭りの時は20分も唄い続けるらしい。身体が自然に動くような楽しいリズムだ。

    石垣島の唄には、「海や山、花や自然、自分のところが一番だよ!」という自慢が唄い継がれている。時間で言えば、夜の唄も多いそう。奥が深い、八重山古典民謡にますますのめり込みそうだ。

    奥様の手づくりのサクサクのとっても美味しいサーターアンダーギーをいただきながら、しばしの休憩。気がつくと、日も暮れていた。定三さんと子どもたちと別れて今日の収録は終わり。翌日のスケジュール調整と収録した唄の確認作業をしながら夜は更けていく。

    DAY02

    女性の唄声に、耳をすませる。

    雨のため予定を変更、石垣島を満喫。

    朝、外は明るいが強めの雨が降っている。そろそろ出発という時に、今回の旅を手伝ってくれている羽鳥さんから電話。「大変です!予定していた保育園での収録が明日に変更になりました」とのこと。一瞬もっと大変なことが起きたのかと思ったのでドキッとしたが、「まあ、そんなこともあるさー」とのんびり構えることにした。

    それにしても、午前中の予定がすっぽりと空く。羽鳥さんが急遽、スケジュールを組み直す。「ハンバーガー屋→もずく屋→かまぼこ屋→川平湾→みんさ織り→昼食→市場(魚市場を見ながら煎餅やお菓子を買う)→さしみ屋で天ぷら」と、環境音を収録しながら、石垣名物を食べ続けることに。石垣島に詳しいだけあって、迷わずに美味しいオススメの場所に連れて行ってもらう。石垣の食の魅力も体験できた。

    大底吟子さん、朝枝さんの「八重山古典民謡」。

    午後1時から外での演奏を予定していたが、あいにく小雨が降り続いているので、吟子さんのご自宅兼三線教室に訪問。三線は雨に濡れると使えなくなってしまうので、外での使用は注意しなければいけないらしい。

    ありがたいことに、吟子さんのお姉さんの朝枝さんも一緒に演奏をしていただけることになった。ちなみに、2人とも三線の師匠を務めている。

    私は吟子さんの演奏を、東京で開催された「〜ばがー島 八重山うた〜 八重山古典民謡コンクール 40回記念東京公演」で聴いているが、今日は間近で女性師匠2人に唄っていただく貴重な機会、期待が高まる。
    2人のお父様は著名な三線の先生で、お父様がお稽古で唄っていた唄を聴いて育ったそうだ。たくさんの三線や音響機材、トロフィーなどが置かれていて、1953年の「工工四(くんくんしー)」も見せていただいた。唄い継がれてきた歴史を感じる。

    まずは、「つぃんだら節」から。「つぃんだら」は「かわいい」と「かなしい」というふたつの意味がある。

    ♪つぃんだら節

    一、 さー とぅばらまーとぅばんとぅーや (ヨースーリ)
       童からぬ遊びとら つぃんだらつぃんだらよ
       かなしゃまとぅくりとぅやよ くゆさからぬむつりとら つぃんだらつぃんだらよ
    二、 島とぅとぅみで思だら  村とぅとぅみで思だら つぃんだらつぃんだらよ
       沖縄からぬ御意志ぬ み御前からぬ御指図ぬ つぃんだらつぃんだらよ
    三、 島別れでうはられ 村別れでうはられ つぃんだらつぃんだらよ
       うばたんがどぅけなり 野底に別ぎら つぃんだらつぃんだらよ

    約300年前、当時の琉球王朝が課した「人頭税」というものがあり、女性は機織り、男性は穀物を納税をすることになっていた。納税を増やすために、黒島から石垣島の未開拓地へ村人の一部が強制的に移住させられた。
    その中に、マーペーという娘とカニムイという幼なじみの男女がいた。2人は、結婚する約束をしていたが、マーペーは強制移住をさせられてしまい、2人は引き裂かれてしまう。カニムイが忘れられないマーペーは山に登り、カニムイがいる黒島を眺め続けて、そのまま石になってしまったという悲しい民話がある。
    この民話を元に、唄がつくられたのではなないかと言われている。

    吟子さんと朝子さんのハーモニーが心地よい。当時のマーペーの切ない気持ちが高音の唄に込められ、外の雨音と合わさり、しっとりとした気分になる。
    次に、「あんぱるぬみだがーま」を聴かせてもらった。

    ♪あんぱるぬみだがーま

    名蔵湾の干潟を「あんぱる」という。そこに住む「ぬみだがーま」という、いろいろな蟹を擬人化して言い表した唄。蟹が祝宴するための準備をする様子を唄っている。
    舞台をつくる蟹、三線を弾く蟹、太鼓をたたく蟹、料理をつくる蟹、踊りを踊る蟹、お供えものを用意する蟹など、いろいろな役の蟹が登場する愉快な歌詞。本来は長い曲のようなので、途中まで唄っていただく。
    元々は、三線を使わないで唄うものだったことや、2人で交互に唄うことから、「ゆんた」という労働歌の一つだったのかもしれない。三線がないと合間の取り方が大変だったのではないかとみんなで話す。
    2人の高音が響き渡る軽快なリズムの掛け合いがステキな可愛らしい唄。

    そして、こちらも唄ってもらった。

    ♪あがろーざ節


    非常に高音の子守歌。昔は乳児の子守は年上の姉の役割であったが「その時の恩義を出世で返しなさい、よく学問を学び立派な大人になりなさい」という教訓歌でもある。

    最後におめでたい席で披露する賑やかな「繁盛節」で締め。

    ♪繁昌節

    一、 だんじゅとぅゆまりる 崎枝ぬ島や ヤウ ウネ
       黄金むるくさでぃ スリ 田ぶく前なし 
       イヤマシ ウヤキハンジョウ マサルハンジョウ カツマタイヤマシ
    二、 作てぃ実らしゃる稲刈ゆる人や 若者ぬまぎり さらばさらば
       ちくてぃみぬらしゃる 'いにかゆるふぃとぅや わかむんぬまぎり さらばさらば
    三、 崎枝女童や水故がやゆら 色姿うちゃてぃ なだる美らさ

    踊り手の様子をうかがいながら、感覚で合わせていく。また、流派によって、若干音程が異なる。歌詞が一緒で音程が異なることも多いそうだ。
    教室が始まる時間ギリギリまでいろいろな唄を唄っていただいた。バリエーション豊かで、選曲や演奏の順番なども考えていただいていたことと思う。あっという間に過ぎた楽しい唄の時間。古典民謡の魅力を感じたひとときだった。

    知念清吉さんの「ゆんた」

    今回は、これまでの三線などを用いたものではなく、声だけで受け継がれてきた「ゆんた」と呼ばれる労働歌を聴きに行く。清吉さんのご自宅は伝統的な造り。綺麗に手入れされた庭には、日も差し込み暖かな雰囲気。
    「ゆんた」は農作業などの労働時に唄われるので三線は用いないで、みんなと掛け合いをしながら唄う。大豆や麦畑の草取りの時などの作業の際に唄われることが多かったようだ。実際の農作業の身体の動作から自然に口ずさんだものが、唄になっていったのかもしれないと感じる。
    1992年に集落の方が、これまで口語で継承されているものを文字化して整理した「ゆんた集」というものを拝見する。お話しを伺いながら、「ゆんた」が消えつつある現状には、いくつかの理由があることがわかった。

    ・音符がないので「ゆんた」を残すには唄い継いでいくしかない。(かけ声の音程などは、その時の相手に合わせるので、明確な音程がない)
    ・農作業の機械化などのため、唄う機会も失われている。
    ・ 1人で唄うことができない。(掛け合いが必要)
    ・ 若者が「ゆんた」自体を知らない。また以前からお年寄りが唄うものという印象がある。(実際、年季が入っている人の方が上手に唄えると言われている)

    そのような中で清吉さんは、公民館で定期的に「ゆんた」を広めて、継いでいくという貴重な活動もしている。
    まずは実際の唄を、清吉さんに唄っていただく。今日は、清吉さんだけではなく、唄の掛け合いをするために下地安子さん、安村順子さんもいらしていただいている。本来は、曲順を交互に唄うようだが、今回は清吉さんが通して唄うようだ。実は、昨日も集まって練習をしていただいたらしい。ありがたい。

    ♪いぐじゃーま



    (歌詞)
    一、 うふぬしゃた いぐじゃーま ヨーホンホー ヨーホンホー
       がしゃらぬ ヒヤサァ
       いしゃーまに ヨー
    二、 うるじヰんぬ なるだな ヨーホンホー ヨーホンホー
       ばがなちヰぬ ヒヤサァ
       いくらだ ヨー
    三、 やまふまば いぐじゃーま ヨーホンホー ヨーホンホー
       やまとーぉ ヒヤサァ
       ふみおーり ヨー ・・・・・・(続く)



    (意訳)
    「いぐじゃーま」とは、昔の人の男性の屋号の名前。若夏の頃に山桃を取るなら石桃でなく水桃を取ってきて、山から材木を切り出し、山晒しをして立派な船材を差し出したら、検木役人から良材であるとほめられたという山仕事(伐木・製材)のさまを唄っている。

    ♪くなー星(くなーぶしゅ)


    一、 くなーぶしヰば みあてぃし
       バガーシヰ マドゥヨー シマヌムトゥヨーナライース
    二、 ぴろーるぶしヰば みあていし
       バガーシヰ マドゥヨー シマヌムトゥヨーナライース
    三、 とぅぬしむら しヰまぬむとぅ
       バガーシヰ マドゥヨー シマヌムトゥヨーナライース

    「くなー星」は、スバル座で群星とも称され、天の中空、島の真上を運行し農耕や航海の目印として仰がれている星。昔は農作業を終えて一杯呑んだ後、薄暗い夜空に瞬く星を見て唄っていたこともあるようだ。言葉から察するに相当古い時代から伝わる唄だと推測できる。

    美しい言葉の旋律が紡がれている「ゆんた」。農作業時のコミュニケーションや単調な作業の気分を紛らわすことだけではなく、情緒ある歌詞や歌声を通し、古来の人々の心情や知恵などを後生に凝縮して伝えていくツールでもあるのではないか。
    この唄を体感しながら農作業をする体験型のツアーなどを催行したら面白いとも感じた。みんなで掛け合いながら唄い作業をしたら、すぐに打ち解けることができそうだ。音楽と農業、興味深い。
    清吉さんの声のあたたかさと唄への優しさに触れた時間。またゆっくり聴きたい。

    若手による三線、笛で奏でる「八重山民謡」。

    夜8時を回る頃、仕事を終えた3人の若手が保育園の一室に集まる。黒島英里さん、島仲まりさん、砂川綾乃さんの3人は、石垣島で生まれ育って、高校の授業で三線や踊りを経験してきたようで、今では日頃からそれぞれで友人の結婚式などで演奏もしているそうだ。なかなか3人揃うことはないようだが、今日は特別に集まっていただいた。三線の他に笛も合わさり、期待が高まる。

    まずは、「繁昌節」を演奏してくれた。

    ♪繁昌節

    今回の旅で3回目となる「繁昌節」だが、優しくてフレッシュな印象。おめでたい雰囲気が伝わってくる。

    次に「でんさ節」を軽やかに唄う。

    ♪でんさ節


    3人のハーモニーが、透明な海の水がイメージされて心地よい。

    「八重山古典民謡」を習っている若手は、意外にも島外の人が多いようだ。島で生まれ育った3人が唄い継いでいくフレッシュな民謡。唄い手が異なると、同じ曲でも印象が変わる面白さを体感できた。

    DAY03

    唄に触れ、歴史に触れる。

    成底透勝さんの「宮良節」

    透勝さんは、石垣島で観光業を営んでいる。以前は、半農半漁の生活をしていたようだが、新しい着地型の体験を重要視した観光を進めており、たくさんの修学旅行生などを受け入れてきた。古い木製の電柱を集めて、建設したという趣のある建物で唄を聴かせていただく。
    今年で78歳だが、65年前に聴いた宮良節を唄い継いでいる。今、唄える人は数えるほどになってしまっている。

    ♪宮良節

    (意訳)
    みたか 宮良の大橋を ヒルギに風がそよそよと
    吹いてすずしい川のかみ
    今じゃ見事な橋なれど 今じゃ見事な橋なれど 

    橋のないないその昔 300年のその昔
    川の流れに泣き濡れた 
    多くの人を思いやり 多くの人を思いやり

    石を積み上げ80ピロ 情けの橋をかけ渡し
    黄金の橋をかけ渡す
    さんようにしの宮良おお さんようにしの長寿おお

    唄の最後の「しめのぽん」はおしまいという意味。

    お風呂の無かった時代、田んぼのくぼみの水で身体についた泥などを洗い流していた話しなど、いろいろなお話しも伺うことができた。

    古くから残る集落へ

    次の約束まで時間が空いたので、伝統的な家屋が多数残る白保集落へ。赤瓦の住宅や珊瑚を積み上げてつくられた石垣が残っており、かつての集落の佇まいを感じることができる。白保には、唄や踊りが上手な方々がたくさん住んでいるとのこと。

    白保集落の先から、海に出てみる。海には鮮やかな緑色をしたアーサ(青海苔)が広がる。このアーサは礒の香りが楽しめて美味しいらしい。

    次に、琉球泡盛を製造している「請福酒造」を訪れる。ちょうど製造現場も案内していただけるとのことで、お酒の香りが漂う工場を見学。USIOプロジェクトで生み出された新しいパッケージも並んでいたのでお土産に購入する。途中で名物の「おにささ」を食す。

    嘉良賢治さんの「八重山古典民謡」

    フーチャンプルの昼食後、嘉良賢治さんのご自宅へ。お昼休憩を利用して、お仕事の合間にご自宅に戻られたとのこと。
    賢治さんは、「とぅばらーま大会」で優勝した経歴もある。八重山民謡の最高峰と言われる「とぅばらーま」という、単一曲の歌唱を競う大会だ。
    「とぅばらーま」は、成人式、敬老会、盆踊りなどお祝い事や祭事で唄われているが、元々は切ない内容の唄であったようだ。島に伝わる多くの民謡の中でも、その旋律、歌詞とも情緒ゆたかで、島の皆さんの思い入れの特に強いという。
    ちなみに「とぅばらーま大会」には歌唱力を競うだけではなく「作詞」を競う部門もあるように、各々の言葉を自由に表現する唄でもある。
    今回は賢治さんが平成25年に作詞した唄として披露いただく。

    ♪とぅばらーま




    (歌詞)
    一、 月とぅ太陽とぅや ゆぬ道 通りょうる
       とぅばらーま 心ん 一道あり給り
    二、 南風すぐ夜や 家戸開き待ちひりよ
       北風吹く夜や 茶沸がひ 待ちひりよ
       ンゾーシヌ 駆きらい早り行らな



    (意訳)
    一、 月と太陽は同じ道を通る
       貴方の心も私と一道であってください
    二、 南風そよぐ夜は 家戸開けて待っていてくれよ
       北風吹く夜は 茶を沸かして待っていてくれよ
       ンゾーシヌ 私は駆けて早く行くからね

    それにしても、身体の内側まで染み込んでくる伸びのある圧倒的な声量感。賢治さんのおじいさんが唄が上手で、その影響を受けているかもとのこと。お酒の席だと、もっと唄えるかもしれないと笑いながら話す賢治さん。実は東京でのライブなども出演しているようなので、またゆっくり聴きたい。

    やしの実保育園の園児たちの「童歌」

    やしの実保育園では、園長先生のご厚意で、おやつの時間の後に収録する機会をいただく。
    とにかく元気いっぱいの子どもたち。子どもたちのパワーに圧倒されながら、こっちも負けないように大きな声と笑顔で自己紹介をする。

    カエルをイメージしている唄なのか、みんなで飛び跳ねてぐるぐる回りながら唄う。私も子どもたちの動きに合わせて、一緒に踊ってみる。圧倒的な子どもたちのパワーに押されながらも何とか無事に収録完了。

    ♪雨まーよー

    宮良集落の子どもたちの「童歌」

    続いて、今度は小学生による童歌。宮良集落の成底正好さんのご協力の中、学校から帰ってきた子どもたちを集めていただき、収録をおこなった。
    成底さんは、宮良に伝わる童歌を子どもたちに唄い継いでほしいという思いから、文字にして残したり、子どもたちにも唄を教えている。楽しんで自然に伝わる唄の世界を感じ取ることができた。

    ♪童歌1

       ばーがだー つなはーる けんやーなー(うー)
       とぅんぬふちゅん さったーでぃ ほーだそんがなー(うー)
       ぴぴじゃぬふちゅん まーみまーでぃ かんだそんがなー(うー)

    ♪童歌2

       ほっぱー ほっぱー ならなーか
       むすんつぁい かんつぁい
       しんやぬ まんやぬ かーげ してぃるんどう
       ほっぱー ほっぱー

    ♪童歌3

       あっちぇーまー あっぱーまー
       つれーまー たんごーまー
       あいごーなま
       ありどうかーがら みずふくみくーよ
       ぐじゅぐじゅぐじゅ

    この後、牛小屋でおばあの唄を収録する予定もあったが、体調がすぐれないとのことでキャンセルに。きっと、まだまだ数え切れないほどの唄と、その背景があるのだ。丁寧に記録していきたいと思った。

    「さんしんの日」恒例の大演奏会へ

    この日の夜は、毎年3月4日の「さんしんの日」に総合体育館で開催される大演奏会「第15回サンシン大合奏会」へ出向いた。
    この「さんしんの日」は石垣島だけでなく、沖縄県全体、さらには県外、海外にも広がるイベント。流派を超え、古来から唄い継がれてきた唄を先人たちへの感謝を込めて、次の世代へ発信していくことが目的だ。正午から毎時0分には、ラジオの時報に合わせて「かぎやで風」という曲を演奏する、というのが面白い。
    石垣市の会場でも20曲ほどの唄を三線、太鼓、笛、琴など、270人もの人たちが参加して大合奏する数少ない機会である。小学生からお年寄りまで、多くの方々が一斉に行う演奏は圧巻だ。
    タイミング良く、今回の旅の最後を彩るのには最高の機会に恵まれた。

    旅の終わりに。

    石垣の魅力を唄から探る旅。たくさんの唄が古語で唄い継がれて、今でも発展している現実を体感できた。唄のおかげか、コミュニケーションも円滑に進み、初対面でも楽しく唄っていただけたことは本当にありがたかった。唄を通して、今の石垣の人の思いや先人達の叡智に触れ、石垣の魅力を体感できた経験を大切にしていこうと思う。
    一方で、今の生活や文化に馴染めない唄が失われつつある現状もあることがわかり、それらを伝統行事の継承を含めて、次の世代へ繋いでいく必要性も感じた。生活の中の唄を旅のコンテンツの一つとして、いろいろな展開ができるのではないだろうか。

    この旅は、誰もが音や唄を収録して、広めたり記録したり、そして体験していくことに繋がることを目指している。今回用いた機材は、汎用性の高いiPhoneやiPodである。身近なツールも活用し、今後もいろいろな人の唄がいろいろな人により受け継がれていくことを期待したい。

    今回、準備を綿密にしないとたくさんの唄を掘り起こすことができないと考えていた。そのため、出発前には、石垣島在住の近藤さんや成底さんなどに東京でお会いしてお話しを伺ったり、「〜ばがー島 八重山うた〜 八重山古典民謡コンクール 40回記念東京公演」を聴きに行ったりした。
    また、石垣島に人脈があり地理にも詳しい羽鳥さんには、人の紹介や当日の同行をしてもらった。録音方法に関しては誰もが気軽に収録できるということで、iPhoneやiPodを軸にした機材展開を作曲家の井口さんにアドバイスを貰った。

    そして、突然の訪問にも関わらず快く唄を収録させていただいた石垣島の皆さまに心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

    協力者:羽鳥ゆきさん、近藤嘉紀さん、成底正好さん、井口拓磨さん、こささ俊太郎さん、金城ともみさん(順不同)

    島にあふれるさまざまな「音」

    島で古くから伝承されている八重山民謡だけではなく、自然豊かなこの土地にはさまざまな「音」があふれています。波の音、風の音、動物の音、生活の音……

    見たり、食べたり。旅は視覚や味覚だけで楽しむものではありません。耳を澄ませて、聴覚を刺激してみる。そんな旅のかたちもアリなんじゃないでしょうか。

    ♪ 八重山民謡をもっと知りたい・聞いてみたい方にオススメ ♪

    桑原さんが見つけた石垣島

    いちばん美味しかったものは何ですか?

    ふーちゃんぷる、ソーキ蕎麦、サーターアンダーギー、刺身屋の天ぷら、おにささ、琉球のお茶、石垣牛の焼き肉、島らっきょ、島の貝や刺身、ギャバと島豆腐のアイスなど、羽鳥さんのオススメのお店での試食を含めると、まだまだたくさん食べた気がします。
    その中でも、慶田花定三さんの奥さまがお作りになった手作りのサーターアンダーギーは、外がサクッとして油っぽくなく、とても美味しかったです。あと、ふーちゃんぷるも好きになりました。
    名前を忘れましたが島で採れる貝が、牡蠣のような旨みとホタテのような食感と甘みがあり美味でした。傷みが早いので、島でないとなかなか食べられないようです。
    食べ物の名前からイメージするものと、実際の味とのギャップがあるものが多く、最初は戸惑いました(笑)

    いちばんの絶景ポイントはどこでしたか?

    川平湾や玉取崎展望台、白保集落の海岸、竹富島まで行きましたが、どれもステキな景色でしたが、おじいの笑顔が一番の絶景だったと思います(笑)

    特に初日の戸眞伊亀吉さんの笑顔は良かったですね。

    お土産、何買いました?

    吉本鮮魚店 味付きもずく ←オススメ
    伊佐製菓 手焼き塩せんべい
    株式会社マーミヤ 元祖八重山かまぼこ にんにく味 たらし揚げ
    請福酒造 琉球泡盛 USIOバージョン
    請福酒造 泡盛仕立て梅酒
    波照間酒造所 琉球泡盛 泡波
    長浜水産 ワタ塩から
    海ぶどう
    砂浜で拾ったもの

    泡盛と一緒に、煎餅やかまぼこ、塩からなどをいただいています。とっても幸せな気分の美味しさです。